Endless Summer

日記や本の感想など

読んだ本 川上弘美「風花」

主人公女性(のゆり)の一人称で進行する物語。おっとりした性格、煮え切らない態度、自分にも他人にも甘いような態度、のゆりはそんな人だ。思わず横から説教したくなってしまう人物だが、物語が進むにつれ、少しずつ考え方や態度が変わっていく。のゆりの夫である卓哉がその変化に驚き戸惑ったのと同じように、読者としても静かな驚きを覚えた。

のゆりの叔父である真人は不倫をして妻から家を追い出される。ある意味ではこれが世間の普通だろう。対してのゆりはというと、女からの匿名電話で明かされた夫の不倫に対して、特に何もアクションをしない。夫を責めることもなく、問い詰めることもない。夫も夫でろくに謝ることもせず、結婚生活には無関心にすら見える。何とも間の抜けた、お互い他人事のような夫婦だ。読んでいてどことなく苛つくのは自分にも同じ部分があるからだと思う。突然降って湧いたような不幸にどうしたらいいか分からず、取りうるどの選択肢もピンと来ないから、とりあえず目の前の生活に逃げて、見て見ぬふりをしたり。ある瞬間には相手が嫌になったり、また次の瞬間にはやっぱり好きだと思ったり。話し合うことが怖くて、そもそも自分がどうしたらいいかも明確には分かっていなくて、ただ悩んだり。弱くて頼りなくて、脆い。のゆりの中に、または話し合いを避ける卓哉の中に自分自身を見る読者も多いと思う。この主人公は専業主婦で、それも現実的な自立のハードルを高くしているという事実も気になるところだ。

のゆりと関わる男は総じて頼りない。優しいというより甘い、優男の真人。のゆりと都合のいい関係を持ちたいと思いながら、冗談でしかそれを伝えられない臆病な瑛二。自分勝手に不倫を重ね、相手に振られた末に妻のもとへ逃げてくる卓哉。のゆりに変化のきっかけを与える唐沢知子や、夫の不倫相手である里美と比べても影が薄い印象だ。

のゆりは女たちとの出会いや、病院でのパートや、一人暮らしを通して少しずつ変わってゆく。自分で働いて、自分のお金で生活する。そのことによってのゆりは埋もれていた自分を見つける。たくましくなっていくこの主人公のことが、段々好もしく思えてくる。

自分自身や、人間関係や、外の世界について学んで成長していくのゆりと比べ、卓哉は初めから何も変わっていない。関西への引越し前、のゆりが卓哉にすがった時の気持ちと、卓哉が物語終盤でのゆりにすがる時の気持ちは、全く違うところから湧いていると思う。何事もない結婚生活を送っていれば気付くこともなかったかもしれない、二人の間の溝。それはちょうど赤信号を駆け抜けてゆくのゆりと、呆然とする卓哉の間の距離が広がっていくのと同じだ。二人がこれからどうなるのかは書かれていないけれど、少なくとものゆりは、もう大丈夫だろう。